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『水族館プロデューサー・中村元 presents 中村元の超水族館ナイト2017春 〜日本の世界観を誇れ!〜(vol.26)』 ライブレポート(17.02/05開催)/ カルカルで「ビハインド・ザ・コーヴ」上映会決定!

2017年03月14日

第二部より…

後半はゲストトーク。『ビハ インド・ザ・コーヴ』 の八木景子監督が登壇し、作品に込めた想いなどを語ってくれました。

■ 八木 景子

ハリウッド・メジャー映画会社の日本支社勤務後、自身の会社「合同会社八木フィルム」を設立。 タブー視されていた捕鯨問題を取り扱った 『ビハインド・ザ・コーヴ』 は初作品で自費400万円を投じ撮影/編集/監督を一人で担当。は2015年に世界8大映画祭の一つであるモントリオール世界映画祭に正式出品された。2016年クラウドファンディングを行い、ニューヨークとロサンゼルスで劇場公開を果たした。

 

八木景子 監督
八木景子監督

 

冒頭でも触れたように、反捕鯨団体による再三の盗撮行為に始まり、事実とは違う全く異なる情報の羅列、見る者の印象を巧みに誘導する狡猾な編集…等々、ドキュメンタリーとは名ばかりのプロパガンダ映画、それが 『ザ・コーヴ』 です 。

中村さん
「『ザ・コーヴ』 の内容を端的に紹介すると、伝統的なイルカ漁が行われている和歌山県の太地町を、鯨やイルカを殺している悪の中枢の町であると糾弾し、ここで行われている悪の行為を日本人が隠しているから暴かなくちゃはいけない。それによって、日本に捕鯨をやめさせ、イルカを水族館で飼ったりショーをさせたりすることもめさせる…。そういう意図で作られた映画です。」

中村さん
「そして、恐らく、この映画が発端になって世界動物園水族館協会から日本の協会を脱退させるということまで進んできたんです。今でも日本の太地町で行われている追い込み漁で獲ったイルカは水族館で飼ってはいけないと言われているんです。」

日本人は、特に水族館関係者は、これに対してきちんと反論しなくてはいけないと中村さん。

中村さん
「何のために水族館でイルカを飼っているのか、明確に反論するべきなのに、誰もそれをしなかったんです。でも、この八木さんが水族館とも捕鯨とも何の関係もないのに、誰に頼まれたわけでもないのに、しかも、映画を作ったことすらなかったのに、勝手に一人でそれに反証する映画を自費で作ったというのが 『ビハインド・ザ・コーヴ』 なんです。凄いやろ!? 」

客席 : (大拍手)

 

勝手に一人でやっちゃったんです!
中村さんと八木監督

 

2−1.なぜ映画を作ろうと思ったのか

八木監督はハリウッド・メジャー映画会社のパラマウントの日本支社の元社員。大好きな仕事、大好きな会社だったそうです。しかし、その日本の支社が撤退することになり退職を余儀なくされました。

八木監督
「しばらくはその時にもらった退職金で旅行などをしていたのですが、年齢も年齢で転職も出来ず、お先真っ暗。自分という人間はもう社会的に価値のない人間だという感覚に陥って、旅先でどんなに素晴らしい景色を見ても綺麗に見えなかった。気づけば自分で自分の存在を抹消したいと思うところまで落ちていました。」

八木監督
「でも、自分でそんなことをしてしまったら幼い頃に亡くした母に向こうの世界で顔合わせができない。手元の退職金で旅行するのではなく、何かひとつ社会貢献をしようと思ったんです。それからだったら母も許してくれるのでは…と。」

そんなある日、八木監督はたまたま目にしたニュースで、国際司法裁判所(ICJ)に提訴された日本の捕鯨が敗訴したことを知ります。その裁判結果に不可解なものを感じた八木監督は、関係者に話を聞いて回ったそうです。…が、

八木監督
「納得できる答えは一つもなく、調べれば調べるほど理不尽なことばかりだった。イヌイットには絶滅危惧種のクジラを獲らせているのに、日本にはミンククジラのような増えすぎたクジラさえ獲らせない。環境のバランスを考えたら特定の動物だけを守るのはおかしい。相手の食文化や思想・宗教を尊重しない、ただ感情論のみでの日本イジメと言えるものだったんです。」

反捕鯨団体の言動には、自分達(白人)の価値観こそが絶対的な正義であるという独善的で人種差別的な思想も見え隠れしていたとか…。その怒りのエネルギーが落ちるところまで落ちていた八木さんを立ち上がらせました。

八木さん
「色々な人に捕鯨問題なんて誰も触りたくない厄介な問題をよくやったねと言われるんですけど、もう私の中で捨てるものがなかったというか、かかってこい! と。」

客席 : (拍手)

中村さん
「今の話聞いていると本当に鯨とは元々何の関係もなくて、たまたまニュースに遭遇しただけだったんやな(笑)」

八木さん
「そうですね(笑)」

でも、今思い返せば 「たまたまではなかったのかもしれない」 と八木さんは語ります。