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「GDGD」、…決して「グダグダ」の略ではありません!会場がゲームで満たされた!Group of Doujin Game Developers(2009.4.25開催)

2009年05月14日

「ゲーム」というダンディズム、「ファミコン」という分岐点

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一口にゲームと言っても、
その単語が意味する範囲は恐らく無限に存在すると言って良い。

将棋、オセロ、ポーカー、ビリヤード…。

有史以来、様々な国籍を持つこれらのオールドスクールが、
長い時間をかけて育んできたゲームという歴史。

ある時は、通天閣の膝元で、
胡坐をかきながら腕を組む真剣師の老いた指先に。

またある時は、タキシードに袖を通した白人が、
散りばめられた球体の傍らで煽るショットグラスの二杯目に。

思考する大人にとって、ゲームとは「遊び」ではなく、
「身に纏うべきダンディズム」という側面を持っていた。

今となっては「アナログ」に分類されるであろう、
これらのゲームに強い大人達が、
何処となく「かっこいい」というイメージと結びつく要因は
この辺りにあるのかもしれない。

しかし、1983年に任天堂から発売された
ファミリーコンピューター(通称:ファミコン)の出現によって、
ゲームという言葉を取り巻く環境は一変し、
ダンディズムは徐々に失われていく事になる。

と同時に、これは家庭用コンピューターゲームという
技術革新が、ゲームというマーケットを変貌させた
瞬間であるとも言える。

それまで「大人の嗜み」を表していたゲームという言葉は、
子供が遊ぶファミコンを含んだ広義なものへと姿を変え、
それに伴って倍以上に拡大したシェアと引き替えに、
「帰りの電車賃を残して勝負に出る」といった、
不安定を主とする苦味を失いながら、
完全な右肩上がりの安定期へと突入する。

「大人が嗜むダンディズム」から、
「大人まで楽しめるテレビゲーム」へ。

ネガからポジに反転したとも取れる、
この意味における大胆なシフトチェンジは、
詰まるところ「ゲームを嗜んでいた大人」を捨て、
「それ以外の全部」を抱え込むという、
とてつもなく巨大なムーブメントを生み出した。

今や「ゲーム」という言葉を聞いてテレビゲームを
連想しない人間は、頭がいかれてるか、
訳あって無人島生活を余儀なくされているかのどっちかだ、
という所まで来ている。

と、いろいろと言ってはみましたが、
長くなりましたのでここら辺で簡単に要約いたしますと

 「ゲーム」という言葉の意味は大幅に改変された
 歴史を持っていて、それにはファミコンというものが深く関わりを持っている。

で、その改変に伴って失われた「ダンディズム」、
日本語で言い換える所の「粋」とでも申しましょうか、
そこからハンドルを切って真逆に進むと、行き着く先は「野暮」であると。

つまり、現在「ゲーム」という言葉の周りには、
非常に野暮ったい人たちが集まっていて、
その「野暮ったい人たちが作った野暮ったいゲーム」というものが、
こんなにも多くの人々を興奮させる一大コンテンツである。
という事を、見事に証明してみせたのが今回のイベント
「Group of Doujin Game Developers」というわけです。

略して「GDGD」

「Group of Doujin Game Developers」とは、
アクションゲームなどの「動的ゲーム」を製作している
アマチュアサークルメンバーの名称で、
普段はインターネット上でゲーム製作のノウハウについて
意見交換などを行っている任意団体。

字面だけみて「グダグダ」と読んでしまった貴方のために、
雨にも関わらず、会場に集まったお客様の様子をご覧に入れましょう!

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今回のイベントの主旨である

「同人(アマチュア)ゲームがこれだけの盛り上がりを
 見せているにも関わらず、製作者の声が取り上げられる機会は全くない。
 是非とも、ゲーム製作の現状や、置かれている立場等について、
 率直かつ現実的な意見を発信したい」

というスローガンに基づいて、
司会のルー(D.N.A. Softwares プログラマー)さんを始め、
5人のパネリスト達がゲーム製作のあれこれを中心に語ってくれました。

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出演者は、ZUN(上海アリス幻樂団 代表)
D.N.A.(D.N.A. Softwares 代表)
なりたのぶや (フランスパン ディレクター)
heppoko(永久る~ぷ プログラマ)
紫雨 陽樹(Platine Dispositif 代表) の5名

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カンパイ!

製作からインフラまで…

同人サークルにとって、
その活動はゲームを製作する事で終わりではありません。

製作したゲームをユーザーの元に届けるまでがゴールであり、
ディレクターもプログラマーも一丸となって、
あるいは、サークルによってはたった一人でその作業をこなさなければなりません。

「4桁とかになってくるとさ、(データを)焼くのも大変だけど、
 (ジャケット)印刷して切って入れるのも大変なんだよね」(ZUN)

「ダウンロード販売に切り替えても、
 結局は『パッケージが欲しい』って言われるからさ、
 楽をしたかったら(ゲーム)の容量を減らすしかないしね」(紫雨)

同人ゲームにおけるインフラは、
手焼き(自分でCD-R、もしくはDVDに焼く方法)、
あるいはプレス業者にこの作業を頼む事で製品化を行います。

実際の販売ルートとしては、ショップに委託するか、
コミケと呼ばれるイベントでの手売り、
もしくはダウンロード販売といった非常に限られた方法しかありません。

しかも、それぞれのルートにはもちろんデメリットが存在し、
すべての販売方法を1つのサークルで網羅するのはとても困難な事なのです。

プレス枚数にしても「4桁が限界」というのが現状であり、
だからこそ本当に欲しい人達の元に製品が届く方法を模索する事。
これが同人においては非常に重要なファクターになります。

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「僕は熊本で生まれた人間なんですけど、熊本ってイベントが無いんですよ。
 そうゆう事実を知ってるからこそ、出来るだけ入手出来ない方々に
 応えたいと思ってます。だからショップ委託ってすごく大切なものなんですよ」(D.N.A)

同人の、同人によるサルベージ
同人(アマチュア)と言えど製作しているものは立派な製品であり、
限られたネットワークではあるけれど、それを販売するための
インフラが備わっている。

となれば、これはもちろんビジネスとしての側面を持っていると言える。

では、実際問題そのビジネスという観点から同人という活動を見た場合、
その実情はどのようになっているのだろうか?

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「同人ってやっぱり不安定なところもあるので、
 同人ゲームで喰って行くのはお勧めしません。
 だから掛け持ちする仕事は楽な方が良いですね」(紫雨)

「ぶっちゃけ、ウチじゃあ1年働いて1ヶ月の給料とかって言うレベルなんで、
 食べて行くのはムリですね。かといって、それなりのお金が
 手に入ったからといって、同人一本でやっていくかというと、
 それにもあんまり興味ありませんけど…。
 『本業をやりつつ同人でそこそこ』みたいな形が幸せかなぁ」(heppoko)

「割といま商業的な活動にシフトしていますので、
 これを元にゲーム会社的な展開というのは考えているんですけど…
 オリジナルを作るのはやっぱり難しいですね」(なりたのぶや)

「同人活動自体は、多分くたばるまで続けると思うんですよ。
 でも、同人で飯を食うというのは本当に一握りの例外ですから。
 全部放り出しても出来るかどうか分かりませんね(笑)。
 あと、生活かかると思ったもの作れなくなりますしね。
 ある程度融通が利く状態でやった方がバカ出来るんですよ」(D.N.A)

「僕はね…、居酒屋やりたいです。
 夢は地ビールを作ることですから(笑)。
 それぐらいのこと考えてるから、趣味でゲーム作ったり出来るんですよ(笑)。
 気楽さが大事です」(ZUN)

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盛り上がりを見せているとはいえ、5人のパネリストが口を揃えて
「難しい」という同人ビジネス。

しかし、だからこそ今回のこのイベントには、もう一つの目的が隠されていました。

「ネタバレすると今回のイベントは、
 後の方から来る人達に対して情報をどんどん出してあげて、
 同人ゲームの製作者を増やすことでもっと盛り上げていくという
 主旨があるんです」(紫雨)

そう、この日会場に集まったお客さんの殆どは、
何らかの同人サークルに所属している製作者だったのです。

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単種から多種へ

同人という限られたネットワークの中で、
このコンテンツをより面白く、より大きなものにして
次に繋げたいという先駆者の想いと、
それに応えるようにして会場を埋め尽くした後継者という図式。

この中で純粋培養された同人ゲームというものが、
今後どのような展開をみせていくのか。

これはもちろん、私が語るべき事ではありません。

しかし、限られたプラントの中での単一種族の交配が、
歴史上、幸福な結果を生み出したという事例は一つもない。

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では、同人ゲームという単種が、交配によって多種へと生まれ変わり、
より多くの発展を獲得するために必要なものとは一体何なのか?

この問いかけに対する答えこそが、
遠い昔に生き別れた「ダンディズム」という言葉の意味にあると私は考えます。

ちょっと想像してみて下さい。

「ダンディズムを持ち合わせた同人ゲームの製作者」

こんな人物が未だかつて存在しただろうか?

恐らく日本中探しても、メジャーなゲーム会社にさえきっと居ないだろう。

ゲームという言葉が失ってしまった「大人が嗜むダンディズム」というシェアを、
メジャーな製作会社を押さえて同人サークルが獲得に成功したら…。

なんて事を考えると本当にわくわくします。

国民的な娯楽が、唯一手を出すことが出来ないこの「ダンディズム」。

失ったものを取り戻すにはそれ相応の覚悟がいる。

しかし、看板をしょってる人間には絶対に出来ない行為である。

だとすれば、たった一人でゲームを製作し、
それを届ける為に日夜頭を捻っている彼らにこそ、
その機会は与えられるべきなんじゃないだろうか?

そんなことを考えていたら、
たぶん会場中から「ばかやろう」と言われてしまうんだろうなぁ…。

と思いましたが、やっぱり考えてしまいますね。

それぐらい考えるほど、
「何とかしてやりたい」という気にさせられるイベントでした。

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(淺沼匡/ライター)