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眠れる音楽を掘り起こせ!GREAT HUNTING「公開デモ評議委員会」ライブレポート(09.9.21開催)。

2009年10月28日

「音楽マーケットにおける『新人枠』というハードルが、
一体どれ程の規模を示すものなのか?」

この手の疑問は業界の外側にいる人間にとって、
「よくわかんないけど、漠然と高い」という底知れぬ深さを持っている。

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オーディション形式のテレビなんぞを見てみても、
一般の視聴者に伝わるものは「スキル」や「センス」ではないし、
見る人が見ないと分らないディティールが確実に存在する。

もちろん、それらを超えて届けられる「華」という判断基準はあるが、
それほどの「華」が次々に現れない現実を鑑みると、やはり、
素人には分らない基準がそこにあり、それにより「底知れぬ深さ」は
存在するのだろう。

参加者が持ち込んだデモを、その場で聞いて専門家が批評するという
「公開デモ評議委員会」。イベントが行われたこの日、
東京カルチャーカルチャーは異様な雰囲気に包まれていた。

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普段行われているライブやイベントという形式には、
ステージを挟んで必ずプレイヤーとオーディエンスという隔たりが生まれる。
しかし、訪れたお客さんのほとんどがデモを持ち込んだ張本人、
あるいは固唾を飲んで見守るその関係者であるという環境が、
会場全体に重い緊張感をもたらし、これから評議にかけられる
40組のプレイヤーは、静かにその時を待っていた。

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CDも併せて約500枚のコレクションを持つ私にとって、
良い音楽とは、既に数多く存在しているものなのだと思う。

だからこそ1999年以降の10年間、
日本のポップミュージックをヴァイナルという形で購入しては来なかったし、
ここ5~6年の間に新譜を買うこともなかった。

正直な話、良質な音楽がこれだけ溢れているにも関わらず、
新しい音楽はこの先も必要とされるのだろうか。
そんな気持ちを抱きながら彼らの顔を覗き込んでみても、
もちろんそこに答えはない。

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ただ、少なくともこれはリスナーである私の
「音楽のある豊かな生活」が満たされたに過ぎないし、
プレイヤーである彼らの論理性と直接的に合流するものではない。

需要と供給。両者の間に横たわるこの根強い隔たりと、
マーケットのお膳立て無しにリスナーとプレイヤーが
合流出来ない状況を俯瞰で眺めた時、私は改めて思う。

この二つを結びつけるレコード会社の人間はいま、何を求めているのだろうか。

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「オリジナリティ」「ポピュラリティ」「アイデンティティ」

約3時間半という長丁場の中で、
持ち込まれたデモには漏れなくコメントが寄せられた。

楽曲の構成に始まり、売れる音楽の法則。
更にはアーティストとしての資質など、短い時間ではあるが、
今後の自分達にとって有益な一瞬を過ごした参加者も多かったと思う。
そして、それらの批評の中で最も多く語られたのが、
「オリジナリティ」というトピックスだった。

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これは、現場で楽曲を耳にした際、
また録音していたICレコーダーを聞きなおした時にも感じた事なのだが、
やはりどうしても「既視感」を感じてしまうものが多数持ち込まれていた。

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FACTの編集長である鹿野氏が
「影響を受けるのがいけないんじゃない。
 ただ、『それをやる意味が、いまあるのかどうか』という視点だ」
と語ったように、自分が強烈にオブセッションを感じる音楽家が
作曲の動機になったりする事は、決して悪いことではない。

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FACT編集長・鹿野淳氏。

むしろ、作曲において「素晴らしい独自性」や
「目を見張るほどのオリジナリティ」なんてものは、
イノベーションでも起きない限り生まれては来ないだろう。

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音楽プロデューサー・中尾憲太郎氏。

しかし、だからこそ「何をソース(元ネタ)にするか?」という問題は、
そのプレイヤーの「オリジナリティ」に直接関わってくる。
そして、この日に感じた「既視感」の多くが、5年以内の
日本のポップミュージックにそのルーツを持っている事を踏まえると、
また、10年間に渡ってこのマーケットの音楽に触れていない

私がそれを感じるという事は、彼らにとって
「ソースをディグするという能力が、圧倒的に足りていない」という結論に至る。

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EMI MUSIC JAPAN・加茂啓太郎氏。

「オリジナリティとポピュラリティとアイデンティティ」。

EMIの賀茂氏が批評の中で持ち出したこの三つのファクターと、
上記の「ソースをディグする能力」にはアナロジーがある。

「オリジナリティ」=「いま食べられていないネタなんだけど」、
「ポピュラリティ」=「食べたら美味しいくて」、
「アイデンティティ」=「自分がオブセッションを感じるもの」。

この図式が意味する所は、もちろん技術や楽理ではないし、
アーティストとしての哲学ですらない。しかし、少なくともマーケットに
乗っかる意思がある以上、押さえておかなくてはならない第一条件として、
この法則は存在する。

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真剣に聞き入る、司会の店長・横山シンスケ。

「やりたい事」「鳴らしたい音」の次に「自分をどう見せていくか?」。

この問いかけを放棄してデビュー出来るほど、
今の音楽業界は甘くないという事なのかもしれない。

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「プロトゥールスが世に出回る事で、
 誰もが簡単に音楽を作れる時代になった」という話は
よく耳にするが、裏を返せば「誰にも出来る」という事は
「誰にも出来ない」という事実を内包している。

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従って、「誰もが簡単に音楽を作れなくなった時代」に突入したいま、
「鳴らされるべき音楽」の存在は非常に不確かで危うい。

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しかし、このレイヤーを持ってしてしか生まれない音楽は
必ず何処かに眠っていて、いまも息を潜めている。

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それが「日本人によるモダン・アルゼンチン・タンゴ」なのか、
それとも「酒が飲めないトム・ウェイツ」なのかはわからないが、
少なくとも「5~6年前の日本のポップス」でない事だけは確かだ。

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消費者はいつだって「知られていない旨いもの」を求めている。
そして、いまがプレイヤーにとって厳しい時代だからこそ、
このようなイベントにこれだけのお客さんが集まるのだろう。

次回、乞うご期待!

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(淺沼匡/ライター・カメラマン)