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くりらじEXPO2009 ~Podcastは死んだのか??~ライブレポート(2009.11.1開催)

2009年11月17日

1999年4月にスタートし、今では日本のインターネットラジオ局の老舗となった『くりらじ』。
今回はいつも放送している下関のスタジオを飛び出して、お台場に初進出!
普段は声しか聞くことが出来ない人気パーソナリティを生で見れるとあって、チケットはSOLD OUT!!
『くりらじ』の歴史を振り返りながら、未来も語る、ノンストップの140分でした!

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超満席の会場。なんと、神戸から来た人もいました!

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大歓声に迎えられ、『くりらじ』初期メンバー4人がステージに! 左から、おびおさん、BJさん、SAGさん、ころんさん。

『くりらじ』初期メンバーが語る、『くりらじ』の歴史

今回のイベントは、事前に募集していたリスナーからの質問に、『くりらじ』メンバーが答えるという形で進行しました。

まずは、一番多かった、
「『くりらじ』誕生の歴史について詳しく聞きたい」
という質問から。

『くりらじ』を始める前に、コミュニティFMで番組をやっていたBJさん。しかし、そのコミュニティFMとケンカ状態に。
「それなら俺たちでやってやる」とBJさんが言い、1999年に『くりらじ』はスタートしました。
今は年間1千万以上のダウンロードを誇る『くりらじ』ですが、始めた当初は月に1、2しかダウンロードされなかったそうです。

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以前はBJさんのことを「師匠」と呼んでいたころんさん。今では「アンタ」と呼んでいるそうです。

お客さんも飛び入り参加! 当時のインターネットラジオを語る!

「初期から聞いてる人いる?」というBJさんの質問に、1人の男性が手を挙げました。
実はこの男性、自身が運営するホームページでインターネットラジオの批評をしていた方なんです。
そのホームページで『くりらじ』が取り上げられたことにより、『くりらじ』リスナーはかなり増えたそうです。
当時はパソコンで音楽を聴くのも一般化されていない時代。インターネットラジオ界はポツポツとしており、聞きたくても聞き方が分からない人も多くいたとか。
「1ファイル3メガもあるよ~」といった、今では考えられないような会話もあったそうです。

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昔の放送を聴き、「当時は声がキレイだった……」とBJさん。

『くりらじ』メンバー大集合!

イベント後半は、YOさん、秀太郎さん、鐵尾さん、ハンスケさん、yanmaさんが新たに登場し、ステージは人でギュウギュウに。
全員で自分のチャームポイントを話すなど、会場は大盛り上がりでした。

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新たに登場したのは、左からハンスケさん、鐵尾さん、秀太郎さん、サングラスをかけているのがyanmaさん、その隣がYOさん。

『くりらじ』、来年で終わる?

最後に「『くりらじ』の終りはいつですか?」という質問がありました。
この質問に局長のBJさんは、
「ぶっちゃけた話、来年いっぱいかな」
「ここ何年か、黄色いランプがついている」
「何かないと続けられない」
「俺がいなくても『くりらじ』は残らなくてはいけない」
「来年が勝負。もし来年ここで同じことやってたら引退記者会見かも……」
と、爆弾発言を連発!
本当に来年終わるかはさておき、危機感は常に持っているBJさんでした。
その危機感が、番組を面白くしているのかも知れませんね。

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イベント終了後は、出演者のサイン会も。

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出演者がお客さんはお見送り。最後までリスナーを大切にする『くりらじ』メンバーでした。

実を言うと、私は大学時代、インターネットラジオサークルに入っていました。そして、卒論のテーマはPodcastでした。
そんな私がこのイベントを見て思ったことは、
「すげぇ!」
の一言に尽きます。
お金を払って見に来てくれる人がこれだけいること、途切れることのなかったマシンガントーク、下関からお台場に来る行動力、10年続けていること……「すげぇ!」です。
私の場合は、大学祭でやった公開収録には誰も来ず、パーソナリティなのにほとんど喋らず、3年の夏くらいからはサークルに行かなくなり……。
まぁ、『くりらじ』と私の大学時代を比べるのが間違いですよね。
来年いっぱいといわずに、それこそ後50年くらい続けて、日本のインターネットラジオ界を常にリードして欲しいです!

(ライター・たまに大阪)