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「戦国ナイト」ライブレポート(09.11/14開催)

2009年11月29日

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戦国ナイト!左よりテリーP、城めぐドットコム主宰の本岡勇一さん、戦国魂の鈴木智博さん、真壁太陽さん。戦国の熱き漢たちの魂を語るトークイベント開催です!

最近巷ではイケメン俳優による戦国武将のドラマや舞台がヒットしたり、戦国武将萌えの「歴女」なる方々も現れたりして、一大戦国ブームが巻き起こっているそうですが、今宵はそんな戦国ブームにとどめを刺す、戦国トークライブの決定版「戦国ナイト」がついに登場です!
カルカルの人気イベント「お城めぐりナイト」「歴史ナイト」でもおなじみの城めぐドットコム主宰の本岡勇一さん、戦国時代をテーマに講演会やグッズ製作など戦国時代の魅力を伝える活動を行っている「戦国魂」のプロデューサーの鈴木智博さん、漫画家の真壁太陽さんと、熱い漢たちがカルカルに集結!現代の熱き漢たちが戦国の熱き漢たちを語りつくす熱い、熱い、熱いトークライブとなりました。

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家康を追い詰めた漢・真田幸村の戦術。その真実に迫ります!

関ヶ原の戦い、大阪の陣と大活躍し、大阪の陣の際には家康本陣にまで突撃して、家康をあと一歩まで追い詰めた漢・真田幸村。映画やテレビドラマの主人公としてもおなじみのトップクラスの人気を誇る戦国武将です。今回はその真実の姿に戦国魂プロデューサーの鈴木智博さんが迫りました。
真田幸村といえば、映画やテレビドラマなどで家康本陣に突撃する時は壮年の勇ましい姿で表されることが多いですが、大阪の陣に参陣した時は「頭真っ白で、歯も抜け落ちたヨボヨボのおじいちゃん」だったそうです。そして「実はほとんど実戦経験がない。人生のほとんどは人質人生」だそうです。ええ~~っ!?ではそんな幸村がどうして家康本陣まで突撃することができたのでしょうか。

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実は最初に家康本陣に突撃したのはなんと別の武将の軍団!

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なぜ真田幸村たちの突撃が成功したのか?戦国武将の生き様からそれが見えてくる!

実は家康本陣に突撃を開始したのは幸村ではなく、毛利勝永という武将。毛利勝永は今まで大きな戦績もなく、敵も見方も全くノーマークの武将だったのですが、決死の働きを見せ、徳川軍の本多忠朝、小笠原秀政を討ち取り、ぐんぐん家康本陣へと迫る!そう、実はこの人が頑張っていたのです!その勢いに乗じて、追撃したのが我らが真田幸村じいちゃんという訳。なんだか急に勇ましい壮年のイメージから老獪なちゃっかり爺さんのイメージになってしまいましたが・・・。しかしその機を見る目はさすが天才・真田幸村といえるでしょう。そして幸村&毛利勝永の勢いは止まる事を知らず、あと一歩のところまで家康を追い詰めたのですが、残念ながら多勢に無勢、再び体勢を持ち直した徳川軍によって敗れてしまいました。

さてなぜ幸村&毛利勝永は家康本陣まで迫ることができたのでしょうか。歴戦の名将揃いの徳川軍に比べ、決して二人とも実戦経験があるとはいえません。それは徳川軍、豊臣軍それぞれの武将たちの覚悟の違いです。両軍の戦力の差は歴然であり、既に家康軍は勝ち戦ムード満々でした。それに対し豊臣軍の武将たちは幸村も毛利勝永も戦場こそが死に場所という覚悟。勝ち戦に死を求めるものはいない。そのため豊臣軍の決死の突撃を許してしまったのだと鈴木さんは考えています。
またさらに徳川軍の陣形図から、もう一つの事実がわかるといいます。それは家康が後継者である徳川秀忠に手柄を立てさせようとしていたのではないかということ。勝ち戦ムード満々だったこの戦いは秀忠のお披露目戦として絶好の機会で、秀忠側にはそれを支援するかのように藤堂高虎、黒田長政、加藤嘉明ら歴戦の勇将たちを配置しています。きっと関ヶ原の戦いで真田軍によって行く手を阻まれ、煮え湯を飲まされた秀忠の恥辱をすすぐためにこうした布陣にしたのではないかということ。その結果、自分自身の本陣が手薄になり、幸村に突撃される結果になったのはなんとも皮肉なものですね。

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「戦国男前ランキング」。心揺さぶる戦国の漢たちの熱いエピソードの数々!

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「私は竹中半兵衛が好きです」会場のお客さんも続々参戦!

戦国武将イラストが大人気の漫画家の真壁太陽さんは、イラストを交えながら「戦国男前ランキング」を発表してくださいました。真壁さんの選ぶ「男前」とは、顔がイケメンだということではなく、生き様がカッコイイ人だそうです。例えば9位に選んだ塙直之はかなり豪快な武将で、夜襲の際には敵に自分が誰だかわかるようにわざわざ名前の書いた看板を投げ込んでいったそうです。あとは籠城戦にしびれるそうで、5位松永久秀、4位北条氏康、3位高橋紹雲、2位真田幸隆・昌幸・幸村、1位長野業正といずれも籠城戦で名高い武将がランキング。真壁さんが描く幸村は青年の幸村像。カッコイイです。「この頃は本当は人質だったんですけどね・・・。まあその辺は・・・」とのことです。ちなみにイラストの感想を聞かれた本岡さんは「この石垣どこのお城ですか?」と石垣の方に興味津々のようでしたが・・・。(まさにお城マニア!)
会場のお客さんからも「好きな武将は?」の質問に「竹中半兵衛」「高坂弾正」らの名前が飛び交い、熱くその魅力を語っていただきました。

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秀吉の奇略「備中高松城水攻め」。伝説的なこの戦略は果たして事実なのでしょうか!?

そして城めぐドットコム主宰の本岡さんからは、やはりライフワークである「お城」からアプローチして戦国時代を語っていただきました。今回のテーマに選んだのは城攻め、そしてその中でもとくに変わった戦略である「備中高松城水攻め」です。どんなものかというと、織田信長の家臣羽柴秀吉と毛利氏の家臣清水宗治との一戦において、清水宗治が籠城する備中高松城を秀吉が築堤で囲い、川の水を引き入れて城を水の中に沈めたといいます。本当にそんなことができるのでしょうか。それともフィクションなのでしょうか。

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おなじみ本岡さんの現地探索。なんと築堤の跡が現在も残っていました!

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科学的に水攻めを検証!見えてきた水攻めの真実!

そこでおなじみの本岡さんによる現地探索。まずは備中高松城の城跡に行ってみると、現在は公園になっていました。そこで注目は公園内の蓮池。高松城一帯は戦国時代より蓮池のある低湿地地帯で、このぬかるんだ土地を利用して兵士や軍馬の侵攻を阻む天然の要塞となっていました。さらに地形図を見てみると周辺一帯は全体的に海抜が低く、水がたまりやすい土地であることがわかりました。さらに岡山気象台で調べてみると、近年にも実際に大雨によって周辺一帯が水没したこともわかりました。そして周囲を歩くと築堤の遺構も発見。それを辿ってみるとその築堤の部分は高松城周囲の高台の部分に集中しており、そこを重点的にふさいでしまえば元々水がたまりやすい土地に水がぐんぐん溜まり、城を水没させてしまうことが可能に。
実際に現地に行って探索をした結果、だんだんと伝説の水攻めの真実が見えてきました。天然の地形を利用して堅固な城を築いた毛利軍、そしてその弱点を見抜いて見事に攻略した秀吉軍、戦国の漢たちの熱い戦いが今ここによみがえります!

 

というわけで今回の「戦国ナイト」、あらゆる角度から合戦の史実を再検証し、そこから武将たちの熱い生き様を感じることができました。さらにいろんな合戦や武将の話も聞いてみたいですね。
映画やテレビドラマより真実はもっともっと面白い!

(ライター H.S.)