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秘かなブーム!時空を超える旅に出よう!『東京ぶらり暗渠探検』ライブレポート(10.3/6開催)

2010年05月08日

暗いミゾと書いて、「暗渠」。アンキョと読む。
聞き慣れないこの言葉が、見慣れた東京の街に数多くひそんでいる。
「暗渠」とは、かつて存在し、いまはなくなってしまった川のあとである。

戦争や都市化によって、埋もれてしまった川のあとを、時空を超え、
いま一度たどりたいという男たちがお台場に集まった。

『東京ぶらり暗渠探検 消えた川をたどる!』(洋泉社MOOK)の
著者4人と編集者が、暗渠を明るく案内してくれる。

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左から、本田さん、福田さん、三土さん、編集者の樽永さん・渡邉さん、黒沢さん。

先陣を切って、福田さんが渋谷の街を流れる「渋谷川」を紹介してくれた。

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街歩きから暗渠にはまっていったという福田さん

渋谷は坂の街だ。駅からどこかに向かうときはすべて上り坂で、
戻るときは下り坂。だから帰り道に迷うことがない。
この安心感は、じつは渋谷川がくれたものだった。
なぜなら坂道は、かつて流れていた川が地表を削りつくった谷の
一部分なのだ。すり鉢状になっている渋谷の街をつくったのは、
いまは街の底に眠る渋谷川なのである。

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街の底に眠る渋谷川の内部に福田さんが潜入した

福田さんの運営するサイト「庵魚堂日乗」http://tanken.life.coocan.jp/weblog/
が、テレビ番組の制作スタッフの目に触れ、福田さんは渋谷川の
案内役をテレビカメラの前で務めることになった。
撮影は台風の翌日に行われたにもかかわらず、水はほとんど流れていなかった。

渋谷川は昭和30年代の都市開発でふたをされ、地下にもぐっってしまった。

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昭和36年の渋谷川

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現在の渋谷川

どちらの渋谷川の写真を見ても、右側の壁に丸く穴が空いているのがわかる。
川の流れは大きく異なるが、変わらないこの穴が50年の時間を結びつけている。

ちなみに、渋谷駅前の西武百貨店のA館とB館を結ぶ間には、
渋谷川の支流である宇田川が流れているため、地下通路が存在しない。

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地下から行き来できない西武百貨店

西武で買い物をしながらだって、暗渠の存在を感じることができる。

続いては、黒沢さん。

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趣味は暗渠、本業は音楽という黒沢さん。

黒沢さんは、そもそもは廃墟好き。「廃墟徒然草」http://blog.goo.ne.jp/ruinsdiary
また軍艦島にも、造詣が深い。「軍艦島オデッセイ」http://www.gunkanjima-odyssey.com/

黒沢さんは、暗渠に異空間へのいざないを感じるという。
人に忘れ去られ、行くあてを失ったまま残されたトンネルや、
流れていない川へ下りるための階段、そういったものに都市のほころびを感じる。

かつての街の形跡を残し、いまの時間との隔たりを暗渠は見せる。
独特の湿度をもった暗渠は、距離ではなく時空を超える
「精神的トリップ」を味あわせてくれる。

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行き止まりのトンネル

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流れていない川に下りる階段。川のないいま、存在が不自然な階段は、
時間のゆがみを感じさせる

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笹塚からオペラシティのほうに向かう道にある碑。刻まれている
「洗旗池(あらいはたいけ)」の文字は、「幡ヶ谷」という地名の由来

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つぎはぎのコンクリートのふたは、玉川上水から水をひいたあと

黒沢さんは、都心の中の小さなひずみをそっと見せてくれた。
暗渠独特という湿度を会場で感じることができた。

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暗渠トークに聞き入り、暗渠画像に見入るお客さんの手元には
持参した地図帳が開かれている

地形好きの三土さんは、大好きな「水道橋分水路」を案内してくれた。

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「分水路」とは、これまた聞き慣れない言葉だけれど、
これもみんな知っているはずのもの。JR水道橋駅から
お茶の水方面をちらりと目を向ければ視界に入る。

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ツタに覆われつつあるのが水道橋分水路

分水路とは、道路にたとえるとバイパスのようなもので、
本線がいっぱいにならないよう脇につくられた通路のこと。
川の水かさが増したときに、洪水を防ぐ役割をする。

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これが分水路

その水道橋分水路に、三土さんは入ってみた。
だれに頼まれたわけでもなく入ったのだから、
だれにも褒められはしないけれど、分水路のなかは暗くてとても怖かったそう。

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低い天井を抜け

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曲がり角を過ぎ

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たどりついた出口

地上に出て、分水路の経路を確認すべく、
新富町にある第一建設局に問い合わせてみたら、図面をもらうことができた。

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図面がもらえてうれしいけど、もぐった意味がなくなった(笑)

ラストを飾るのは、「東京の水 2009 fragments」の本田さん。
「東京の水 2009 fragments」http://tokyoriver.exblog.jp/

池袋あたりを源流にして、江戸川橋で神田川に合流していた
二つの川、水久保川と鶴巻川を取り上げる。

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ほかの著者からも頼りにされていた本田さん

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2つの川は蛇行し、深い谷を通り、護国寺前に出る。

17世紀に護国寺ができたとき、参道を通し門前町がつくられた。
その際、もともとは1本だった川が崖の下に2つに流れを分けたのでは
ないかといわれている。

本田さんは、水久保川を上流から追った。一見、なんのへんてつもない
道がいま残る暗渠の最上流段。

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実際に行くとくねくねしていて川あとらしいことがわかる

5年くらい前まで「大勝軒」という有名なつけ麺屋さんがあったところ。
そのちょうど向かいから暗渠が始まる。暗渠となったのは
昭和10年ごろのことだが、現在も川の雰囲気は濃厚に残っている。

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曲がりくねった道を行くと

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ミョウガ畑があった。いまは打ち捨てられ、人の気配がないが、
5年くらい前までは、住んでいる人がつくっている気配がした。
大塚からもう少し東に行った茗荷谷も川の跡地で、昔はミョウガの名産地だった。

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古い井戸も残っている

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大谷石の擁壁は、川の不在を感じさせる暗渠の必須アイテム

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猫も暗渠とかかわりが強い。車が入ってこないから安全なうえ、
猫の大好きな抜け道がいっぱい

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神田川にかかる江戸川橋のたもとにぽっかりと開いた川の痕跡。

以上、暗渠をたどる旅が終わる

方向音痴の私には、これ以上暗渠についてお伝えすることができない。

近くて深い暗渠の魅力は、自分の足で街を歩き、
自分の目で『東京ぶらり暗渠探検』を見て確かめてほしい。

(金戸芽木/ライター)