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全メディアで話題沸騰中!田中宏和は田中宏和を求め田中宏和と集う。本気でギネス申請中!35人の田中宏和大集合!史上最強の同姓同名イベント『田中宏和運動全国大会』ライブレポート(10.4.3開催)

2010年05月28日

コミュニティと連帯…ちょうどいい連帯とは何か?

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東京から約2000キロ。沖縄県の南西に位置する宮古島には、
古くから「おとおり」と呼ばれる酒の酌み交わし方がある。

宴会の席で誰からともなく「おとおりを回す!」という宣言がなされ、
そこから強引極まりない「一気飲み大会」が始まるのだ。

まず初めに、「おとおり」を宣言した「親」が口上を述べる。
もちろん内容に縛りなどない。話を終えた「親」は集まった
一人一人に酒を注いで回り、注がれた人間は一気に
それを飲み干して空になった器を「親」に返す。

参加者が一通り酒を飲み終えると、「親」というポジションは
指名によって次の人間に引き継がれ、そこから再び「親」の
口上が始まる。全ての人間が「親」を経験するまで続けられる
このシステムには、例え初対面の人間であったとしても、
何らかの連帯感を生みだしてしまう力があるという。

最近、ネットの世界でもソーシャルネットワーク、
あるいはソーシャルメディアと呼ばれるサービスが出現してからというもの、
「コミュニティ」という単位がとても重要な意味を持って語られている。

企業が広告やPRにおいて苦戦を強いられるなか、
しきりに「mixi」や「twitter」にその矛先を向けるのは、
「コミュニティベース」という従来のフォーマットには表れてこない、
非常にデリケートな連帯がそこに存在するからだ。

「連帯」とは一体何なのか?世の中には様々な連帯が存在する。

出身地、年齢、血液型や着ている服。
気がつけば、連帯は至る所に潜んでいる。例えばこんなのはどうだろうか?

「平家物語を隅々まで暗記している」

凄味はある。たが、これをどうやって連帯して行くのかが問題だ。
ネットかなんかに「琵琶法師求む!」とでも書き込めばいいのかもしれないが、
そもそも、どれほどの人間が「平家物語」を暗記しているというのだろう。

いずれにせよ、連帯はマニアック過ぎてもいけない。
だから「洗濯機が二層式」なんてのもダメだ。

「現住所が北半球」

広い。いや、確かに広いんだけど広すぎる。この規模感で全員が
連帯を感じるのは恐らく無理だろう。「アンチ南半球」を訴えなきゃ
いけない世の中になれば話は別だが、そんな気配は全くと言って良いほど無い。

このように、丁度いい連帯はとても難易度が高い。
大きすぎても、小さすぎてもいけないし、かといって規模感だけの問題とも言えない。
そこに人を惹き付けてしまう何かが無ければ、人は決して集まってはこないのだ。

そこで同姓同名「田中宏和」という連帯である。

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1994年11月18日。歴史が生まれたこの日、
近鉄バッファローズはプロ野球ドラフト会議において「田中宏和」という
名の高校生投手を指名した。「全ての始まりはこのニュースだった」と
田中宏和「ほぼ幹事」は当時の様子を振り返る。

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ほぼ幹事の田中宏和さん

「このとき24歳だったんですけど。このニュースを見てねぇ…、
オレだと思ったんですよ(笑)。背中に電流が走りました。
小さい頃からこの名前が好きじゃなかった。何処にでもある
月並みな名前だなぁと思っていて、そんな僕を変えてくれる
ちょっとした事件だったんですよね。
『同じ名前の人がいると楽しいなぁ』って。
で、その年の年賀状はこんな風にしました。
『スポニチ』か何かの記事ですね(笑)」(田中宏和「ほぼ幹事」)

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こんな年賀状

「田中」はとにかく間違えられる。でも、だからこそ「同姓同名」を
面白がった年賀状が作れるんじゃないかと考えた次の月、
偶然はもう一度だけ田中宏和に微笑んだ。

「今度は文芸誌の『文学界』という雑誌がありまして、
そこで文芸評論家の『田中宏和』さんを見つけました(笑)。
『コレはいけるっ!』と思ったんですよ」(田中宏和「ほぼ幹事」)

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二回目の年賀状。

こうして、年に一回の「同姓同名年賀」を「ほぼ幹事」は
ライフワークとして作り始める事になる。

「2001年がヤバくてねぇ…、一人も発見できなかったんですよ。
そしたら義理のおじいちゃんが亡くなりまして、なんと喪中(笑)。
助かりました、ここで途切れたら多分辞めていましたねぇ」(田中宏和「ほぼ幹事」)

転機が訪れたのは翌年の2002年。糸井重里の「ほぼ日刊イトイ新聞」で
「同姓同名年賀」が紹介されたのをきっかけに、のちに「渋谷」という
あだ名で呼ばれる事になる「田中宏和」さんから「ほぼ幹事」のもとに
メールが送られてきたのだ。

「すごく好きなサイトだったんで毎日見てたんですよ。そしたら
『田中宏和』って名前を発見して…(笑)。で、メールを書いたんです。
粗相があってはいけないと思って3~4回書き直しましたね(笑)」(田中宏和「渋谷」)

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こうして2003年の12月、田中宏和「ほぼ幹事」は田中宏和「渋谷」との
運命的な出会いを果たす事になる。その後、小説や評論などで活躍する
荒俣宏さんの手助けなどもあり、朝日新聞で取り上げられるなどして
「田中宏和」は徐々にその数を拡大していった。

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「毎年一回、東京駅周辺の中華料理屋で集会をやって、
一人ずつ増やしていくというスタイルだったんですけど、何というか、
打ち解け方がハンパじゃなかった。出身地とかの比じゃないというか(笑)。
ついつい飲んじゃうんですよね~。2007年に6人目を捜したんだけど
見つからなくて、『今年は集まれないかな』と思っていたんですが、
みんな寂しくなっちゃって。結局集まって飲みましたけどね(笑)」(田中宏和「ほぼ幹事」)

その後、数々のCMや広告を手掛けるアートディレクター・秋山具義が
「田中宏和Tシャツ」を手掛け、メディアへの露出や田中宏和バスツアーといった
活動を経て、現在は90名前後の「田中宏和」リストが出来上がったという。

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集う田中宏和の目的はただひとつ、「田中宏和」である。

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この日集まった15人の「田中宏和」には目的があった。
まぁ、もちろんイベントを主催するぐらいだから、そりゃあ目的ぐらいは
あるんだけれども、なんというか…「興行的な意味とは異なる目的」とでも
言えばいいのだろうか。

もうお気づきの方も多いだろう。そう、彼らの目的はただ一つ。
それは「田中宏和」だ。「一人でも多くの田中宏和」を田中宏和は望んでいる。
しかもその望み方が半端ではない。田中宏和が本気になると本が
10万部売れるらしい。皆で「田中宏和です」という本を書いてしまうぐらい本気なのだ。

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書籍「田中宏和さん」著者田中宏和、田中宏和、田中宏和、田中宏和、田中宏和、
田中宏和、田中宏和、田中宏和、田中宏和、田中宏和、田中宏和、田中宏和、
田中宏和、田中宏和…

で、その本気というのが、やっぱり「本気」を呼んでしまう。
田中宏和はこうして、新たな田中宏和と出会う。

(※)しばらく、田中宏和さん同士の出会いのシーンをお楽しみ下さい。
ちなみに写真に写っているのは全員「田中宏和」です(
横山店長除く)。

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こちらは、なんと田中宏和運動のきっかけになった元近鉄の田中宏和さん!
もちろん呼び名は「ピッチャーさんで!」

これほどの壮大さが他にあるだろうか。
そしてこの「恥ずかしいぐらいポジティブな笑顔」だ。
人はこれを見て一体何を感じるのだろう?万が一それが
田中宏和以外であったとしたらば、私は少しだけ悲しく思う。

そしてこう言うだろう

「お嬢さん。これが田中宏和ですよ」と。

出来ればその女性には「田中宏和」という名の子を産んで欲しい。

会場中が田中宏和に染まりかけた頃、締めはもちろん「合唱」だ。
もう田中宏和が「合唱」というのだから間違いは無い。
ここはどう転んでも「合唱」なんだろう。

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近田春夫氏が自らの著書の中で、「迫力とはすなわち音量だ」と語った
事を思い出す。どう考えたって4本のマイクは機能していない。
にも関わらずこの迫力だ。私は自分が田中宏和でない事を今日ほど恨んだ事はない。

「世界で一番田中宏和が集まる店」?

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イベント終了後、横山シンスケ店長と話をした。

「ほかのメディアとかにすぐ持って行かれそうじゃないですか?」と問いかけると、
「こういう人たちをフックアップするのが俺の仕事なんだよね。だからとにかくまず記録を作りたかったんだよね。絶対にギネスに
載るまでやりたいなあ」
と語ってくれた彼の目は、確かなヴィジョンに
満ち溢れていた。

私は想像する。5年後、10年後。何年かかるかはわからない
道のりであったとしても、私たちは決して「田中宏和」を諦めてはいけない。
困難は訪れる。しかし、そんな時にこそ、前向きに「田中宏和」して
いかなければならないのだ。そしていつの日か本当に
「田中宏和」がギネスに認定されたとき、私達はギネスに手紙を書くだろう。

「『世界でいちばん田中宏和が集まる店』として、宜しくお願いします」

という文面に、今日から収集するありとあらゆる証拠の品々をこっそりと添えて。

年に一回の東京駅周辺での会合がお台場に変更される事を、
スタッフ一同、心より願っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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(淺沼匡/ライター・カメラマン)