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軍艦島を世界遺産にする会理事長「坂本道徳氏」参戦!軍艦島への情熱を注ぐ「オープロジェクト」イベントの総決算『トーク・ザ・軍艦島』(10.5/9開催)

2010年06月02日

トーク・ザ・軍艦島 [坂本道徳×オープロジェクト] ~お宝映像と語り尽くし~(2010.5.9)

軍艦島への情熱を注ぐ「オープロジェクト」イベントの総決算ともいえるイベントが開催されました。
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軍艦島を語りつくす4名の出演者

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特別ゲストとして、軍艦島を世界遺産にする会、理事長「坂本道徳氏」が、参戦していただけました

坂本さんは端島出身の方で、現在軍艦島を世界遺産へ向けての活動をされています。今日はその10年間を振り返りながらのトークです。

(端島〈ハシマ〉は、軍艦島の本当のの名前で、「軍艦島」は通称です)

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軍艦島が上陸解禁になり、5万7千人の方々が島を訪れ、毎日のようにガイドをされている坂本さんです。今回はそのガイドのお仕事を休んで長崎からお越しくださいました。
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軍艦島って何だろう?そんな深い話を語る坂本氏

坂本さんが軍艦島の活動を始めたきっかけは、10年前に島出身者の同窓会で端島へ上陸したことで、それから現在の軍艦島に魅せられ今日まで努力してきた日々を語っていただけました。

島で生活してきた方々にしてみると「上陸解禁」と言う話も変な響きだし、そもそも「軍艦島」と呼ばれることに違和感が非常に有ったようです。

当時、端島出身の坂本氏は「端島のことは知っていたが、軍艦島のことは知らなかった」と、言う話が非常に印象的でした。

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インターネットの普及により、軍艦島は広く皆さんに知られるようになりました。

若い方に「30号棟に行きましょう」と言われて、「30号棟ってどこ?え!学校のことを30号棟って言うんだ」と、端島に住んでいた人たちの知らないところで、軍艦島と呼ばれるようになった島は、独り歩きしていた事には驚いたとか・・・

しかし、軍艦島を世界遺産にする為の活動は、当初「夢物語」のようにとらえられ、役所に行っても、誰も相手にしてくれない、皆他人事のような感じで取り合ってくれなかったのですが、坂本さんはシンポジュウムを行い軍艦島の存在を訴え続け、そしてとうとう世界遺産への候補に登録されるまでに至たる苦労は本当に大変だったとおもいます。

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オープロさんも当初軍艦島を伝えたいと言う気持ちが、先走ってホームページは膨大な資料の山になってしまったそうです。

後半は、端島が炭鉱の島として稼働していた当時の話をお聞きする所から始まりました

坂本さんは、筑豊の生まれでお父様が炭鉱で働くことになり、小学生の時に端島へ移り住んだと言うことですが、その時に端島を見て「都会に来たな~」と、感じたそうです。

当時、何もないと思われるような端島ですが、子供のころはそれなりに楽しいこともたくさんあって端島での生活は楽しく、共同浴場でのふれあいは、現代社会には無いコミュニケーションの場として、子供ながらに社会勉強ができた場だった様子です。

また、台風がきた時など軍艦島を飛び越えるような波しぶきがあがり、それはすごかったらしいですが、そんな時も島ではそれほど恐怖感などは無かったようです。

ここで、とっておき画像も公開されました。

長崎を台風が襲った時の画像ですが、本当に島を飛び越えるような波しぶきが上がっています。

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巨大な波しぶきは、このまま覆い尽くすように島全体に降り注ぐ

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当時の貴重な写真を見ながら炭鉱と生きた時代の貴重なお話が聞けました

炭鉱の仕事と言うと非常につらく厳しい仕事だと思われがちですが、この島に住む人の家には最新のテレビがあり、電気水道のライフラインは無料で非常に裕福だったそうです。しかし、その反面炭鉱で育った子供たちは、サイレンの音が聞こえてくると「オヤジが下にいるんじゃないのか?」と底知れない不安がよぎり、父親が家にいたとしても「隣のおじさんが、友達のお父さんが下にいるんじゃないのか?」と、他の土地で育つ子供たちには考えられないような心配と隣り合わせ時代だったそうです。

また、坂本さんのお父様が亡くなった時、お母様が言った言葉で「お父さんは、炭鉱で仕事をしている時が一番かっこよかった」と言う言葉が印象的でした。

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「今、石炭・炭鉱と言う言葉が「死語」になりつつある悲しい時代ですが、鉄鋼や発電所ではまだまだ必要とされているエネルギーを忘れてはいけないと思います」と、炭鉱の島で育った坂本さんは熱く語る

今では、レンズを通してしか見ることができない当時の貴重なお話を聞くことができた貴重な時間でした。

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これまでのイベントとは、何かが違う・・・「何かが、もう始まっている」そんな気が伝わってくるイベントでした。

端島を愛する人と軍艦島を愛する人が、同じ方向を向いて進み始めた、記念すべき年なのかもしれません。

《ライター・クロスケ》