ネットとリアルをつなぐソーシャル飲食店

『懐かしインターネット~パソコン通信ナイト』ライブレポート:Nifty-Serveで人生が変わった!?インターネットの温故知新イベントが大盛り上がり!!(11.8/4開催)

2011年08月21日

インターネット以前のデータ通信サービス”パソコン通信”
その中でも200万人という会員数を誇ったNIFTY-Serve!
あれ?カルカルってニフティのやってるライブハウスだよね!?
なんで今まで開催されなかったんだろう?ってな具合で、NIFTY-Serve25周年記念&カルカル4周年目祭りの中、このイベントが遂に開催!
この時を待っていた人、かなり多いはず!
木曜の夜にもかかわらず沢山の方が、会場まで足を運んでくれました。

Pic1

オープニングはいきなりドラマ仕立て、Nifty-Serveドラマ『すすめオンライン家族』をさわりの部分を上映。
当時CD-ROMで配布されていたものなんだそうですが、おばあちゃんが公衆電話を使ってニフティにアクセスするの図。
おばあちゃんは大げさかもしれませんが、当時、外出先の公衆電話から接続していた人にはたまらない映像かもしれません。

さて、今夜のトークは二部構成
第一部は
『電子会議室1〜ニフティサーブを利用してたあの有名人達が当時を振り返る』

ゲストには、林信行さん(ITジャーナリスト)、遠藤論さん(アスキー総合研究所所長)、進行に永沢和義さん(モダシン)が登場!

Pic2左から、横山店長、永沢和義さん、林信行さん、遠藤論さん

本来は山本一郎さん(実業家、投資家、ブロガー、ライター、ex切り込み隊長)も参加の予定でしたが、どうもtwitterで「遅刻なう。」とつぶやいているという一報が…。
到着次第参加してもらうことに。

今回はお題を出しつつ進行!
あらかじめ、ご来場していただいたお客さんにも同じ質問でアンケートをとりました。

最初のお題は「パソコン通信を始めたきっかけ」
林さんは、アスキーネットが出していたの「パソコン通信」という雑誌を手にとったことと、300bpsのモデムがサン電子から出たことで、ニフティを始めたきっかけはアメリカ留学の際に、原稿を送るために始めたそうです。
遠藤さんは、編集部に入ったらもう既にパソコン通信をやっていたということ。

お題2「PC機器を揃えるのに幾らつかった?」
Pic_hayashi林さんは、PC、基盤、モデム、モジュラーケーブルで21万円程度。
遠藤さんは、思い入れ度でOASYS Pocket。
いわゆるモバイル通信の走りってやつですね。
よくよく考えてみれば、ニフティはPCだけじゃなく、OASYS(ワープロ)を使ってもログイン出来ました。

ここで会場の皆さんに質問。
「当時使っていたモデムの通信速度は?」
会場の半分以上が2400bpsという結果に。
現状を考えると…うーん、技術の進歩ってすごい!

お題3「どこのフォーラムにいた?」
林さんはアスキーネットでコマンドラインを打って楽しんでいたとのこと。
遠藤さんは、親指シフトのエミュレータのサポートでOASYSの会議室にいたそうです。
ここで、”親指シフト”という言葉に反応する人多数!

お題4「月の電話代は?」
Pic_endo電話の定額サービス、テレホーダイは1995年にスタート。
じゃそれ以前の通信は?となると、通常の電話代と同じ代金がかかる訳で、会場のアンケートの中には「テレホーダイ以前のことは思い出したくない」とか、「10万円」という意見が!!
10万円の電話代…これはまさにホラー以上に背筋が凍り付きます、

お題5「何が変わった?」
林さんは、PCはゲームをするものから、コミュニケーションツールだと気がついたそうで、遠藤さんは、ネット上でダウンロード可能なフリーソフトがどんどん出て来て、ソフトに対する考え方が変わったそうです。

Pic3

お題6「印象に残る出来事」
Pic4ここで、山本さんが到着!早速トークに参加していただきました。
今回の震災でtwitterやfacebookが注目された様に、1995年の阪神・淡路大震災でもニフティが注目され、被災地外からもネットで知った情報が多く、被災地からも赤裸々な情報がこちらに伝わってきたという、ある意味ネット世界の節目ともいえる出来事がとりあげられました。

ここで第一部は終了!
休憩に入るわけですが、会場には昔懐かしい通信機器やらニフティグッズやらがずらりと展示!

Pic5

遠藤さんの思い入れ機種、OASYS Pocketも発見!

会場限定メニュー「茄子R」「ぞーさん」「魔法のナイフ」

Pic6

完全なるニフティ用語ですね。
ドキドキしちゃいます。

さて第二部は
『電子会議室2〜ニフティサーブ、パソ通運営側の中の“あの人達”が続々集まり、当時を振り返る』

まだまだ振り返らせていただきます!
二部にはニフティの各フォーラムの元SYSOPさん達や、元ニフティ株式会社常務の山川さんが登場!

Pic7左から、藤田実さん(元PDAフォーラムSYSOP・みのたん)、山川隆さん(元ニフティ株式会社常務)、松木英一さん(元Mac & Apple User’s Group Japan SYSOP)、西川誠さん(元パソコン活用フォーラムSYSOP・Tiger)、emi(元卓球フォーラムSYSOP)さん

Pic_yamakawaまずは山川さんからニフティ立ち上げ時のお話。
1985年の通信の自由化で何か出来ないかということで、山川さんはアメリカでCompuServeというパソコン通信サービスをみつけ、日商岩井と富士通がライセンスを受けスタート。
約1年をかけて日本語かを含め、運用できるかたちにもっていたそうです。

そして元SYSOPさん達がどうしてSYSOPになったのかをお伺いしました。

Pic_nishikawa松木さんは、日本最初のマックの専門誌だった「Mac World」の編集長からやってみないかと言われ、SYSOPになったそうなんですが、なんとその時のもう一人の候補が林さんだったという裏話。
西川さんは、SYSOPがトラブルで失踪したのがきっかけ。
emiさんは、本社にプレゼンし、卓球フォーラムを立ち上げてSYSOPに。
藤田さんは、システム手帳フォーラムで電子手帳について書き込むうちに、電子手帳が独立してフォーラム化したのがきっかけなんだそうです。

Pic_fujitaPic_matsuki_2

ここからオフ会の話にスイッチ!
山川さん曰く、オフ会に行くと10〜20人ぐらいの人が集まっている中、みんなの年齢バラバラ、同じ会社の人のようには見えないということで、お店の人に「何のあつまりなんですか?」なんてよく聞かれていたんだとか。
また、2000年に開かれたニフティコンベンションは、全てのフォーラムを一挙にあつめたオフ会イベントで、熱海のホテルをまるまる貸し切りし、そこに約800人が集合!
なんと沼津から熱海までわざわざブロードバンド回線をひいてもらい、今で言うUstreamのように実況中継を行うという、大イベントのオフ会を開催。
FSAKE(お酒フォーラム)に至っては、部屋いっぱいのお酒をこれでもか!というぐらい集めてきたそうで、本来は”利き酒の会”を行う予定が、参加者はもうベロベロ…利き酒どころじゃなくなったそうです。

Pic_emiNIFTYは2006年にサービスを終了し、その後mixiやtwitte、facebookなどのSNSが出てきましたが、そんなSNSなどを使用し、今はフォーラムにいたメンバーとはまだ集まっていたりするんでしょうか?
そんな質問をしたところ、emiさんは、なんとニフティ時代の1992年から引き続き、今も練習会をやっているそうなんです!
各参加者も何かしらのかたちで繋がっている方が多く、Nifty-Serveが無くなった今もNifty-Serveというコミュニケーションツールのスピリットは生き続けているようです。

最後にパシフィコ横浜で開催された「オンライン祭り」で上映された、
幻の名曲『悲しみのNIFTY-Serve』を上映。

Pic8

実は、ニフティグッズプレゼント大会も予定されていたのですが、盛り上がりすぎて予定時間をかなりオーバー!
とりあえず一旦終了しつつも、続けて打ち上げもやってしまえ!!ということで、延長戦開始!

久しぶりのNifty-Serveな夜を満喫!といったイベントとなりました。

よしむらなな / ライター