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「ダムナイト5~ダムのデザイン、どうしてこうなった~」ダムの専門家とダムマニアの真夏のガチンコトークバトル、満員御礼で大盛り上り!(11.8/14開催)

2011年09月16日

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もはやカルカルのドボク系イベントとして定着した感のあるダムナイト。
今回で5回目となるダムナイトの出演者はダム界のプリンス・萩原雅紀氏、「デンシケンセツ」としてダムアルバムリリース間近な風味堂ののベーシスト・鳥口
JOHNマサヤ氏、ダム界の重鎮・中村靖治氏、ダムサイトである「ダム日和」を運営するtakane氏の4名。当然のようにチケットも前売りで完売。期待
しないはずがない!

今回のテーマはダムのデザインについて、何で曲がってる?この石組模様は一体?どうしてこんながっかりデザインに?といったあたりにフォーカスして語りあかそう、という次第。はたしてこのメンバーでおとなしく場が進行するだろうか…?

イベント自体に加え、ここカルカルではフードメニューも充実。さらにイベントによってはスペシャルメニューもあり。今回はダムナイトスペシャルメニュー、用意されていました!

まずドリンクは3種類。
まずは「品木」。品木ダムに流れ込む酸性の水のように、酸味の効いた、それでいて暑い夏にぴったりの甘口のカクテル。
次に「四万川」湖水と同じく青色が美しいカクテル。参加者からは「こんな澄んでいない」という声もあったようだが、青の美しさは同じ!とのこと。
最後は「清流」。山中の森の緑をイメージさせる、爽やかなグリーンのカクテル。
全てのドリンクに共通するのがさわやかな口当たり。美味しゅうございました。

Drink
左から「品木」「四万川」「清流」

最後に外せないのはご存知「ダムカレー」
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話題のダムカレー

ご飯を堤体に見立て、水ではなくカレーを満たしたこのダムカレー。100円を足すと目玉焼きが。当然、食べ方としては天端の洪水吐きのように湖水
(カレー)を越流させて、いただきます!このードもダムカレーは大好評。オープン早々に「残り10食」の声があった事を付け加えておきましょう。

開場は17:00。すぐに会場は人で埋まって行きます。
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続々と埋まる客席。会場30分でこの様子。

今回用意されたの物販はダム写真集、そしてダムトート。ダムトートはあっという間に売れてゆき、イベント開始前に後1点(ネイビー)のみに。
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ZEPP TOKYOの物販スペースにも負けないラインナップ。

18:00スタート。萩原氏を先頭に、島口氏、中村氏、takane氏と続いて登壇。

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登壇、そして着席。いよいよ始まります!

【プロローグ:ダムの基礎知識〜萩原氏、タジタジ…?】

ダムの基礎知識について萩原氏からプレゼン。しかし!ここで早速波乱が。
中村氏による指摘点が続々と。萩原氏がまるでゼミで先生からダメ出しされる学生のようである。

この教授役にも見える中村氏、ダム歴50年という、ダム界の重鎮である。

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ダメ出し中の中村氏。手前(画面左)が萩原氏。

宮が瀬ダムの元所長で、今も残るもみの木の移植も行った人。ちなみにこのもみの木は脇に2代目を育てているとか。行かれる方はチェックするのもアリではないでしょうか。

そして話は講義に戻る。ダムの高さについて、萩原氏のダムの高さを表現する図についてまたダメ出しが。ダム自体は、かなり深く、安定している岩盤まで掘ってそこから積み上げるものだからその位置からの高さを表現しないと本来の高さではない、とのこと。
それがなぜそのまま見えないか、というとかなり深く掘るためくぼみができてしまい危険なのとそこに力が集まってしまうからとか。そこを埋め戻すことで安定するから、埋め戻してしまうとのこと。

ここで、ダムとため池の定義についての説明が。
高さが15mを超えると、ハイダム。ため池は、川じゃないところに作るもの。堰は、両側が堤防なので水をためるためのものではないこと、など。
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まず、ダムの定義。

この段階で、萩原氏はほぼすべての説明に「基本的に」と付けて中村先生の指摘から逃げの体制に入っていきます。

そしていよいよ、ダムの分類についての紹介。

昭和20年代から40年代にかけて作られた中空重力式コンクリートダム。ここの紹介で出てくるダム、いたるところで中村氏、関わっています。金山ダム(中村氏最初の仕事)、蔵王ダム、豊平峡ダム、など…
なお、この中空重力式コンクリートダム、U字谷の方が向いているとのことで、中部電力がこの形式を採っていることが多いそうです。
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中空重力式コンクリートダムの金山ダム。中村氏に縁のあるダム。

そして続いて重力式ダム。中村氏に言わせると中空式と区別はないとか。
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重力式コンクリートダムは静岡県・愛知県にまたがる佐久間ダムを例に。

その他、豊平峡ダムを例としたアーチ式コンクリートダム、豊稔池ダムを例にとってのマルチプルアーチダム、国内のダムの歴史的には一番古い部類に入
る、バットレス式ダム(8基建設され、6基が現存している)、センターコア型ロックフィルダム、傾斜コア型ロックフィルダム、表面遮水壁型フィルダム、
アースダムなどのダムの形式を次々に、中村氏の注釈…というか鋭い指摘を頂きながら、解説していきます。

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アーチ式コンクリートダムの豊平峡ダム。これも中村氏に縁あり。

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重力式アーチダム。

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マルチプルアーチダム。

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貴重なバットレス式ダム。

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左上から時計回りにセンターコア型ロックフィルダム、傾斜コア型ロックフィルダム、表面遮水型ロックフィルダム、アースダム。

次に、放流設備の解説。
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ダムの形式紹介し、これでひと段落と思いきや…次は放流設備の解説に。こちらもまた深く、これだけでイベント1本できてしまうほどなのでさらっと。

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土熊ダムのローラーゲート。

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ラジアルゲート。1点で止まっているのでそこに負荷がかかって挫屈の危険性はあるけど構造的にはシンプル。
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引っ張りラジアルゲート。先のラジアルゲートの逆で、放流時にはゲートを引っ張り上げるように開きます。

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フラップゲート。水がそのまま越流できる構造で、非常に理屈に適っているが強度的にあまり大きなものは作れない、との中村氏の言。

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シリンダーゲート。普段は水中に隠れている、主に取水等で使用されるゲート。完成前か、渇水時期は完全放流時のなどの水がない時じゃないと見ることができないレアもの。

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ホロージェットバルブとハウエルバンガーバルブ。ハウエルバンガーバルブは有名どころでは黒部ダムで使用されていて、放水時に霧状になるのが特徴的。

ここで話は佳境に入っているように見えますが、まだまだ序盤。「事前説明」の段階なんですねぇ……この先、どこまで掘り下げられていくのだろう(ダムだけに)…

ここでやっと今回のテーマであるダムのデザインに突入。時間は既に19時を経過。大丈夫か?時間までに追われるのか?

【いよいよ本題へ…?】
ダムの基礎知識がようやく終了し、話は本題の「ダムのデザイン、どうしてこうなった」に話が近付いて行きます。
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まず、酷いデザインとはどんなのか。
良くある「公共工事デザイン頑張っちゃった系」が中世のヨーロッパ風イメージの建築物になると、大体酷い事になる、とのこと。

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…確かに、これはひどい。色々勘違いしちゃってます。

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近場ではヴィーナス○○ートも大変酷いデザインだと。
大体、日本なのになぜ、中世ヨーロッパ風なのかと。
(もちろん和風で台無しもあります。詳しくは後述)

そしてダムの紹介は本庄水源地堰堤(広島県)、笹流ダム(北海道)といった戦前に作られたダムに。
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海軍の威信を懸けて作った本庄水源地堰堤。

そして笹流ダム。
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この笹流ダム、大正時代に作られた日本に6基しか残っていないバットレスダムの一つ。中村氏も「厭味が無くていい」と高評価。
さらにこのダムは昭和58年に大規模化改修が行われています。その結果がこちら。
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ヨーロッパ調なのに素敵!

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内側から見上げると、バットレスダムにさらに上からもう一枚バットレスダムを作ったような感じになっています。
ちなみに中村氏曰く、バットレス型ダムは横方向の揺れに弱いため、地震の多い日本で作るのには余り向いていないとのこと。

イベント内容はどんどん深い方向へ。次はダム表面のデザインについて。
今はどんなダムでもこんなコンクリート製の、どっしりした感じですが…
最初期のコンクリートダムは表面に石が使われていました。
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【第1部:戦前のダム達】
今で言う重力式コンクリートダムはこんな感じ。
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いかにも「コンクリート!」

しかし、戦前に作られた、最初期のダムは表面が石。
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その理由は、もともとはコンクリートで成形する際のプレキャスト型枠代わりに利用されていたもの。表面だけ石積みで枠を作って、その中にコンクリートを流し込んで成形。そして型枠自体が堤体と一緒になってしまうため、石積み(石張り)になってしまった、とか。
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この図面を見ると一目瞭然、資料にも堤体の表面に「石張り」と記述してあります。

このような石積みダムとして代表的なのが、河内ダム(福岡県)や豊稔池ダム(香川県)。
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石張りの正当派ダム、河内ダム。

そして豊稔池ダムのデザインの美しさには会場中から歓声とも、ため息ともつかない声が上がります。

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会場中からため息の漏れた豊稔池ダム。美しい!
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隅まで整った石積みの様子。

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ちなみにこの石積みは「布積み」という工法。レンガのように地面と平行に積まれています。

この石積みをふまえて、takane氏からこのような発言が。

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「僕は最近砂にはまっています」

なぜここで砂防ダムが出てきたかというと…古い砂防ダムは石積みで作られています。
そして工法は今上げられた布積みではなく谷積み。石垣などと同じ積み方で積まれています。
そしてこの砂防ダム、さかのぼると江戸時代のものもあったりします。

例としてあげられたのは
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・堂々川六番砂留(広島/天保5年!)

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・稲荷川第6砂防堰堤(栃木)

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・釜ツ沢砂防堰堤(栃木)

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・釜ケ淵堰堤(長野)
などなど。

そして、普通のダムに戻って
・大津ダム(群馬)
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ここで砂防ダムの間はあまり興味無さそうにしていた中村氏がこの大津ダム、越流部の石を見て一言。「越流部には現地の石が最適」そして「この大津ダムの構
造は理にかなっているし、越流した水をかぶる場所の石積みがすばらしい。この石積みの技術が継承されていれば良かったのに!」と。
これらのような、戦前のダムに関しては資料を集めるのが非常に大変だったりします。

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それにしても、この大津ダムの越流風景、見事です。

【第2部:戦後のダムー質実剛健なダム達ー】
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そしてイベントはいよいよ核心、戦後のダムそしてそのダム達が「どうしてこうなった」ということについて深く突き進んでゆきます。

戦後、電力需要の逼迫に伴い山中に大型ダムが次々と建設されました。
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ダムが集中する北アルプス山中。丸印が有峰ダム、近隣には黒部ダムに高瀬ダム。いずれも戦後のこの時期に相次いで建設されたダム。

その中でも今回採り上げたのは北陸電力の「有峰ダム」本気の発電用ダムです。
今回のダムナイトのメインテーマである「どうしてこうなった」
そしてこのダムではなぜ「曲がっているのか?」について語られます。
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写真見てもS字を描いている事がわかる。

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図面で見るとさらに明らか。

それでは実際に曲がっている(曲げられている)ダムというのはこれだけなのでしょうか?
もちろん、ここ他にもこのようなダムが存在します。

まずはクレアリア南川ダム。
クレアリア南川ダムは緩やかにS字を描いています。ここではそれよりもこの「クレアリア」に興味ひかれる方も多かった様子。そう、このダムは宮城県がネー
ミングライツを売り出したダム、萩原氏がその権利を買おうか迷ったダム、そして中村氏に縁のある(大人の事情的に)ダムである事の方が興味深く有りまし
た。
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緩やかに曲がるクレアリア南川ダム(宮城県)

そして下久保ダム。このダムは豪快に曲がっています、というか2つのダムを無理矢理一つのダムにつなげてしまったようなデザイン。2つのダムを造る
のが面倒だからつなげてしまったんじゃないか?とは中村氏の言。設計も面倒になるのに。さらに普通なら曲がっている所に何か作るけれど、ここではそれもな
しにほぼ直角に曲げられています。
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豪快に曲がる下久保ダム(埼玉県/群馬県)

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当然、内部通路も直角に曲がってます。

そして話は再び有峰ダムへ。

有峰ダム、建築の話は昭和14年に打設済。その時の規模は高さ110メートルのダム。

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昭和12年計画ではこの黄色の三角形。

大正〜昭和初期に立てられた当初の計画で高さ50メートルのダムだったはずがどんどん大きくなっていってます。
ちなみにこの時代最大のダムは昭和13年完成、高さ87メートルの塚原ダム。時代としてもかなり挑戦的な大きさだった事がわかります。

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当時最大の塚原ダム。

ただ、昭和14年に打設済、発電機などの機械も現地に運び込まれていたにもかかわらず、太平洋戦争の戦況悪化により進捗状況20%で工事中断。しばらく放置されていまいます。
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この段階では、まだまっすぐな普通の形の重力式コンクリートダムでした。

状況がかわったのは戦後、工事再開されてから。よほどこの場所、ダムを造るのに美味しい場所だったのでしょう。高さをさらに30メートルかさ上げ
し、140メートルに。工事再開から3年で完成に至りました。この30メートルのかさ上げが、この有峰ダムのデザインに魅力を与え、このダムナイトで採り
上げられることになる事件が。

当初予定の谷の深さよりダムの方が高い!
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堤体の高さがダムにむかって右の谷より高いという現実!

本来ならば、谷の深さの中に収まるはずのダムが収まらなくなってしまったのです。
その対策として堤体をS字にして、ダムとして成り立つようにしたとのこと。
会場中が「そのような理由で…!」と感心。
実際、まっすぐ作ることも出来たそうですが…それをやるととてつもなく大きなダムになり、また強度計算が必要とか。

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したがってこのS字はやむなくできたもの!
そしてこのS字のダムの中には、日の目を浴びること無く礎となったダムがいるということに思いを馳せて頂きたい、と。
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また右岸側も接続部を安定させるために僅かに折れ曲がっています。

そして話は進みます。
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日本初の100メートル超え大規模アーチダムの上椎葉ダム、なぜアーチ型に?そして洪水吐きがスキージャンプ型に?そして、そのさらに上流にある一ツ瀬ダムも同じデザイン、ほぼ同じ時期。なにかのこだわりでも?と。そしてこの2つのダムは兄弟説を検証する、という話に。

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上椎葉ダムと一ツ瀬ダムの位置関係。

上椎葉ダムはかなりの気合いを入れて挑んだアーチダムだった模様。
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先の有峰ダムに先駆けて、日本で最初に堤高100メートルを超えたダム、それが上椎葉ダム。

その心意気が工事誌の次の言葉に現れているのではないだろうか。
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「ここに九州電力株式会社が画期的アーチダムを採草された事は、今後の我が国ダム建設界に多大な貢献をなすと共に、アーチダムの開拓所となったわけである。」
九州電力株式会社 上椎葉アーチダム工事誌 概説より

そしてその直後に作られた一ツ瀬ダムは当初から「アーチありき」のダムだったようだ。
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「アーチで作る事が目標」

しかし、この一ツ瀬ダムをアーチにするにはかなりの苦労、というかアーチじゃない方が良かったのでは?というくらいの困難があった模様。無理を通し
た結果、当初の31メートルと言う物よりはマイルドになったがかなりのオーバーハングが必要となってしまった、本当に前のめりなダム!

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工事記録にあった、建築方法に関する検討。この前のめりなスタイルを「優美」と言い切ってしまうその姿には賞賛を送りたい。

それはほぼ同時期に、同じ九州電力が作った杉安ダムを見ても言える事で、ただ杉安ダムはあきらかに「アーチである…というかアーチと言っていいのか?」というデザインであるが、この一ツ瀬ダムの計画には先の一文に加えこのような一文が記述されている。
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「この設計は本質的には上椎葉の形式を踏襲した物である」
九州電力株式会社 一ツ瀬・杉安アーチダム 第2編 発電計画より
これは完全に兄弟ダムの証拠となる文章ではないだろうか?

なぜなら同時期同じ九州電力が建設した杉安ダムはわざわざアーチである必要が無い、むしろ重力式で(特に下部は重力式としか見えない)建設した方が
良かったのではないか?とも言える形となっているが…これは何が何でもやはり一ツ瀬と揃えたいという意志が働いたとしか思えない姿である。

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一ツ瀬ダムと対になる杉安ダム。わざわざアーチにする必要は…?

このように、同じタイプのダムを造る事について、中村氏はイベント中に次のように述べている。
「技術屋としては全てのダムを違う形にしたい。しかし一方同じ形で統一する合理性と、そのそろった美しさというのも理解できる。また培った技術を次のダムにも生かしたい、という気持ちも理解できる」

ミュージシャンの島口氏はこの様を評して「カバーした」と言い、それを受けて萩原氏は「自社内でやっているからセルフカバー」とこの様を表現した。

そしてこの一ツ瀬ダムにはもう一つの「意志」を感じる事ができる。
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ダムというと洪水吐きのゲートや制御室などで突起物が有るイメージだが、ここでは全て堤体内に納め、そのような突起のないスッキリしたデザインになっている。これは先の工事記録にも明確に記述されている。
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普通、ラジアルゲートと言えば突起物がある…
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しかし、ここ一ツ瀬ダムは天端の高覧がそろっている、そしてクレストゲートも上がスッキリしている。
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ちゃんと美観と保護を両立させるための目的として、ゲート巻上機、機械室などを堤体内に納める事を記述している。
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その機械室への入り口は小さなドアを開けて階段を下りてゆくという徹底振り。
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そして…

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キターーーーーーー!!
ダムの特色、とも言い切っています!

このような「意志を持ったダムのデザイン」について、中村氏は「今のダム建設者、デザインを行う者も見習うべき。マニュアルに従うのではなく、自由に考えれば良いのに」とチクりと。
なお、今のように同じようなデザインばかりになったのは昭和50年頃に建設のガイドラインが出来てそこに書かれたマニュアルに従っているからとか。
なのでダムの建設史の分類を行うのであれば、昭和50年以前と以降で分けた方が良い、と中村氏は語る。

【第3部 平成のダム −景観に配慮したダムたち−】
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先人達がすばらしいものを作ったというのに、それがなぜ現代の公共工事になると「どうしてこうなった」というデザインになったのか?あれはなぜ?について語ります。

ダムの堤体の妙な石積み模様。
80年代の建築物全体の型枠ブームの影響でなったのか、と思いきやその通り。しかも既製品の型枠のうち、一番大きな物を使用した結果だとか。
例として上がったのは今日のカクテルの名前にもある四万川ダム。
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…この石積み模様のパネルを探して行くと…
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とある既製品に一致。それを堤体に合わせて行くと…
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完全に一致。しかも上の写真のように、様々なバリエーションの組み合わせを行っている様子。

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このような壁面が石積み「っぽい」ダムは調べた所、これくらいはあった模様。
竣工時期もほぼ一致しているのでおそらく何らかの関連性があったのでは…?とも考えられる。

そして最後に登場するのは「三春ダム」(福島県)
お役所流の「景観に配慮」という意志が入ってさらに「地域に開かれた」「やわらかい」という言葉によって完成するもののようだ。

その結果がこちら。

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貴重な堤体になんてことをしてくれたんだ、と。

検討段階ではダム好きに非常に興味深い構造を検討し、フラップゲートにこだわり、ローラーゲートが全く考慮に入っていなかった。どう考えても当初よ
り景観を重視していた、この三春ダム。最終的にはオーソドックスな形に決まって行ったもののそのままおとなしく作ってくれればここまで言われる事は無かっ
たのだが…

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どうしてこうなった。

妙な石垣模様、武家屋敷風の機械室…
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お役所が独自で「デザイン」を語るとこうなるよね、という良い(悪い?)見本通りになってしまいました、と。
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ちゃんと事前から検討していたはずなのに…

他にも福岡県の鳴淵ダム。
あの堤体の円錐形はいったい何なのか、と。
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本日のイベントタイトルにも上がっているこのダム。いったいこれはなんなんだ?
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…ほんとに一体なんなんだろう…?

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この形には地元、篠栗町の町の木である杉をモチーフにしているとか。

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ダム作っている人が「ダム本体のコンクリート壁面は周辺の緑豊かな自然の中で違和感を与え、調和の面で望ましくない」とダムの外観を全否定してどうする、ということになってしまっている有様。

こちらのデザインに対して岡山県の苫田ダム。このデザインは非常に美しい。他のダムとの違いはなんだったのか。

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スッキリとしたデザインの苫田ダム。
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デザインを確定する際に、統一した視点をずっと持ち続けるのが大事。

そしてその答えは、この苫田ダムのデザインを行った篠原氏が次のように述べている。
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「地元や利用者に過度に媚びたデザインに堕とす」「デザインした人間の顔が見ないためであり、何よりもデザインを通じてのダム事業者の市民へ向けてのメッ
セージ、ダムに懸けた思いの伝達が懸けていたため」(篠原修氏著 ダム空間をトータルにデザインする(山海堂)より)と。
その思想の差が、トンでもデザインになるか、美しいデザインになるかの違いとなる良い例でした。
やはりこのような会議で「人に優しい」「地域に開かれた」というのは地雷ワードではないでしょうか。

そして最後に中村氏が現在計画に少しだけタッチしている、高知県の横瀬川ダムを紹介してイベントは最終局面に。

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ここもマニュアル通りの作りで、コンジットゲートが堤体の真ん中に。
中村氏はこれが気に入らない。ゲートを中央に作り、そこから脇に水を流すための水路を作って…と無駄な作りとなっているから。脇に寄せればこの水路も要ら
ないのに、それだけが気に入らないとのこと。建設方法も複雑になり、費用も余計に必要になるのになぜこんな形をとったのか、と。
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「余分な機能」の解説をする中村氏。

しかし、ダムというのは最終的には活躍して安全安心な生活が守られれば良いが、でもそのダムがかっこ良ければなおさら嬉しい、ということでイベントが締められました。

イベント終了後、出演者の方々との交流(打ち上げ)の中で時間内に出せなかった分のスライドを映して何かしていたようだけど…それはさすがに現地に行った人だけのお楽しみです。それが知りたい方は、次回以降開催されるであろうダムナイトにぜひとも足をお運びいただきたい!
ライブならではの熱気、空気を一緒に楽しみましょう。