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『お天気キャスター・気象予報士大集合~みんなで考える「津波防災の日」~』ライブレポート:津波から命を守るため、グラグラっときたら高台へ! お天気キャスターと津波について考えるシンポジウム!(11.11/1開催)

2011年11月24日

忘れもしない2011年3月11日14時46分。
マグニチュード9.0の大地震が発生して、
その大津波により15829人もの人々が命を落とした。

もし皆がより高い所へ逃げていれば、
もっと数多くの命が助かったかもしれない。

その様な思いから今年から11月5日「津波防災の日」として、
津波に対する理解と関心を高めようと国が動いたのだが、
注目もなく認知度も低く「このままではいけない!」と
立ち上がったのがお天気キャスター森田さん!

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日本のテレビ界で活躍するお天気キャスターに呼びかけ、
なんと16名ものお天気キャスターや関係者をカルカルに集結させてくれた。
そして、カンパーイの音頭でイベントが始まる!

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局もバラバラな上、放送する時間も違うので、
お天気キャスターが一か所に集まるというのはこれが初めてであり、
Nスタ、とくダネ、news everyのテレビ取材が押し寄せた!
これはスゴイ。

そして16名分の自己紹介!

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左:森田 正光さん(お天気キャスター)
右:木原 実さん(お天気キャスター)

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左:天達 武史さん(お天気キャスター)
右:関口 奈美さん(お天気キャスター)

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左:半井 小絵さん(気象予報士)
右:奥村 政佳さん(気象予報士・RAG FAIR)

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左:饒村 曜さん(元気象庁 和歌山地方気象台長)
右:今村 涼子さん(お天気キャスター)

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左:久保田 麻三留さん(テレビ東京 お天気キャスター)
右:真壁 京子さん(お天気キャスター)

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左:森 朗さん(お天気キャスター)
右:杉江 勇次さん(お天気キャスター)

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左:増田 雅昭さん(お天気キャスター)
右:江藤 愛さん(TBSアナウンサー)

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左:大野 治夫さん(お天気キャスター)
右:加藤順子さん(気象サイエンスカフェ)

●津波防災の日の元となった稲むらの火って何?

11月5日は「稲むらの火」の逸話にちなんで決められたが、
これは一体なんなのか?これを説明してくれるのが元気象庁の饒村さん。

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まずその前に「稲むらの火」の物語とは…。
村の高台に住む庄屋の五兵衛は、大地震の後に津波の来襲に気付く。
村人たちに危険を知らせるため、五兵衛は自分の田の刈り取ったばかりの
稲の束に火をつけた。火事と勘違いした村人達が消火のために
高台に集まってきたが、そのことによって村人たちの命が助かった。

・「稲むらの火」が有名になったきっかけ

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この物語のモデルとなった方は、
写真の「濱口梧陵(はまぐち ごりょう)」氏で、
現在のヤマサ醤油の当主、七代目濱口儀兵衛を名乗った方。
実業家でもあり政治家でもある偉大な人なのである。

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さて「稲むらの火」が有名となるきっかけは
1896年、小泉八雲の「生き神様」という作品で、
この「濱口梧陵(はまぐち ごりょう)」氏を紹介したことが始まり。

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38年後、それに感銘を受けた「中井常蔵」氏が、
国語教科書の教材公募にこの話を「燃ゆる稲むら」として書き直して、
応募したところそれが見事入選して、小学校の国語の教科書に
「稲むらの火」と題されて掲載された。

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この稲むらの火は実際の事実はかなりアレンジして、
一般受けするように描かれている。

・災害は忘れたころにやってくる。後世へ受け継ぐために

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実は「濱口梧陵」氏は稲の束に火をつけて村人を救っただけではなく、
堤防を建設し災害防止に務めた。その偉業を称え「津波祭」を始まった。

饒村さん曰く、祭りというものはとっても良い習慣で、
面倒な習慣は時代と共に風化してしまうが、
楽しい事に結び付けることでいつまでも「津波が来たら高台へ」
ということを受け継ぐことができるからだ。

ちょっと悪い例が「祇園祭」。

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この祭りの始まりは地震などの天災が重なり悪霊をなだめるために
始まった祭りであるがいつの間にか、その由来が薄れてしまった。

・災害対策

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さて和歌山県 串本町での津波対策。
地震が来たら電車が止まるので線路を横切ってよいとされている。

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またこの様なタワーを作ったので、
津波がきたらここに逃げるようになっている。
ただ津波災害はいつも発生するものでもないので、
普段は盆踊りの会場となっている。

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市田川水門は、地震が発生すると流れる緊急地震速報によって、
自動的に水門が閉じられる仕組み。

津波が起きてから手動で止めるのは恐らく不可能であるので、
地震後すぐに閉じられるこの門は画期的とのこと。
しかしまだ日本では市田川水門を含め2か所しかないとのこと。

・お天気キャスターの役目とは

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饒村さんのような研究者が予測を立て危険を呼びかけても、
一般人には中々受け入れられないのが現状。
そこで森田さんや木原さんのような親しみやすいキャスターが
人々に注意を呼び掛けていくのが重要だと饒村さんは考えている。

●後半はお天気キャスタートーク

前半は打って変わってお天気キャスターの裏話、悩み、
暴露話にフォーカス。

まずはお天気キャスターの舞台を披露。
森田さん若すぎます…。

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この舞台は、稲むらの火を題材にスリランカ津波被災への
チャリティーとして2005年に行われたもの。

森田さんが「嵐が来るので村の盆踊りはやめた方が良い」と言って、
局からも止められたにも関わらず、勝手に予報をしてしまう。
しかし、そのことによって多くの人の命を救ったというあらすじだ。

・さて今年の冬はどうなる?

ということで、天達さんVS森さんの予報バトル。

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まず天達さんが今年の冬を予測。
11月の後半が急に寒くなり…
12月からは「▲※●×■…」むむむ…歯切れが悪い予測。

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森さんの今年の冬の予測は、
11月8日の立冬が過ぎると平年並みとなると皆が寒いと感じる。
そして12月20日ごろから寒くなる。
またまた1月はめちゃめちゃ寒くなり、2月になると急激に暖かくなるとのこと。

んー当たるような当たらないような…
といういことで森田さんが「皆さん、騙されちゃだめですよ~~~~!」
と、森さんにツッコミ!
天気予報とは未来を占う様なものなので中々難しい。

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「11月なのにポカポカ陽気が続きますが、大丈夫なのでしょうか?」
と、テリー氏。話が地球温暖化について話へ進む…。

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「冬の暖かさが異常だと騒いでいる位ならまだ安心で、
 これがいつか正常となり始めるのが怖い」と森さん。

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温暖化で一番怖いことは気温が上がることより、海水温が上がること。
水温が上がることで水流が変わるのでこっちの方が大問題。

ただ、この地球温暖化は
宇宙線の影響かもしれないと言っている学者もいれば、
CO2の影響と語る学者もいるので、まだ明確な答えが見つかっていない。
これがこれからの課題ですね、木原さんが語る。

・好きな天気とエピソードと印象に残っているエピソード

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私は晴れが好きなので晴れの時は笑顔になってしまいます。
でも曇りが好きな人もいるでしょうし、
晴れが嫌いな人もいるでしょうし、
人それぞれなので私の主観を入れないようにしているのですが、
やっぱり晴れの予報を伝える時は、
つい笑顔になってしまいますね。

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私は雨が好きで、雨が降る時は雨に濡れたいのですが、
近所の人が私が雨に濡れていると予報を外したとみられてしまいます。
また私が「傘を持っていない=晴れ」とは限らないので注意してください!

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天気予報の持ち時間は決まっているので、
前のコーナーが長引くとその分天気コーナーの時間が
短くなってしまう…これが大変と、半井さんが語る。
またそれが分かるのが「5秒前」と木原さん。

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さらに森田さんの場合は天気予報が5秒しかなかった時があり、
「晴れ、晴れ、晴れ、森田でした」で終わってしまったことがあるという。

・天気予報で苦情が来たことは?

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木原さんが夜遅く雨が降るので早く帰りましょうねと放送したら、
銀座のママから苦情が…。
雨が降っているので雨宿りがてら一杯…が売り上げにつながるので、
そんな予報はしないでほしいと直に怒られてしまったことがある。

・小さかった頃になりたかった職業は?

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小学校の頃に天気が好きになり、
高校生の頃最年少で気象予報士の資格を取ることができた。
森田さんが落ちた気象予報士に受かったと、
当時とても嬉しかった!

・お天気キャスターへ質問コーナー

Q.気象予報士を目指しているが、
  生き残っていくためにどうすればよいのですか?

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予報と解説は全く違ものであり、
予報士として長く生き残りたいなら、
解説する方に力を入れていかなければいけない。
by 森田

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視聴者に伝えるために工夫する事が大切。
毎日、放送するから毎日見られても飽きられないようにするのも重要。
by 木原

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研究者と視聴者を繋げる架け橋として、
膨大にある資料の中から分かりやすくどう伝えるのか、
そこを日々考えるのが必要。
by 今村

「災害とは忘れた頃にやってくる。」
震災で東日本はかなりの爪痕を残しましたが、
数年後、元の状態に戻った時、果たして防災について
真剣に議論している人がどのくらい残っているでしょうか?

饒村さん曰く、
バーベキューでもお祭りでも何でもよいので、
楽しいイベントと絡ませることで、
この経験をいかに忘れないで子供たちに伝えていくことが
大切とのこと。

ご近所さんやお友達などに声をかけて、
津波についてもう一度考え直す切っ掛けを作りましょう!

ホシスミレ/へんしゅう&ぶんぴつ家